スペースワンダーによる運動における体重負荷および下肢関節間力への影響の検討

目的:
①スペースワンダーを用いたハーネスによる体重免荷量を床反力鉛直成分から評価した。
②スペースワンダー使用有無での下肢関節間力の変化を比較検討することを目的とした。

測定日時:
・2021年
測定環境:
・東京都立大学荒川キャンパス3次元動作解析室
使用機器
スペースワンダー(株式会社テクノブレイン)、三次元動作解析システム(VICON Motion Systems, VICON)と床反力計(Kisler社製フォースプレート)
対象者情報:
対象者:身体に整形外科疾患及び神経疾患のない健常若年成人男女21名(性別:男/女=9/12、年齢:21.6±1.4、身長:165.6±15.1cm、体重:58.1±10.1kg)
測定項目:
〇測定動作
➀静的立位、②スクワット、③ランジ動作、④後方への座り込み動作、⑤足踏み動作、⑥前方への重心移動動作
各動作はそれぞれ2回ずつ行い、通常時、スペースワンダー使用時の順で2セット行った。
〇各動作の条件
動作開始時の基本設定は自然立位で両手は吊り革を持つ姿勢とし、吊り革は肩関節屈曲90度で導線がたわまない程度に調整した。原則スペースワンダーの吊り革は軽く握る程度とし、吊り革での支えが必要な際は必要分の支えとして利用するよう指示した。動作毎に1分程度の休憩を挟んだ。ランジ動作は右下肢を前方へ踏み込むよう指示した。後方への座り込み動作は後方にある座面に座り込むイメーシで、股関節屈曲90度の位置まで下肢を屈曲するよう設定した。足踏みは股関節屈曲90度の高さまで上げるよう指示した。前方への重心移動動作は基本設定から両上肢を前方に伸ばしていき体幹と下肢が一直線になるよう重心を前方移動する動作と設定した。前方移動時は踵部が床面と接地した状態を保てる程度とした。
〇スペースワンダーによる牽引力の条件
股関節屈曲90度位にて体重の約15%を牽引するようゴムを調整した。同時に安静立位姿勢では牽引力はかからないもしくは微量である状態とした。上肢支持の影響を排除するため、通常時、スペースワンダー使用時共にスペースワンダー付属の吊り革は握る事とした。
〇床反力測定
測定は光学マーカーを用いた三次元動作解析システム(VICON Motion Systems, VICON)と床反力計(Kisler社製フォースプレート)を用い鉛直成分を分析した。データの算出は原則両下肢のデータの合計値を採用したが、ランジ動作および足踏み動作は右下肢のデータのみを採用した。
〇関節間力測定
解析には筋骨格モデル解析システム(Motion Analysis Corp. SIMM)を用いた。SIMM は VICON により得られた三次元位置データをもとに典型的なヒトの骨格を当てはめ関節間力などを解析する解析システムであり、各動作の股関節屈伸モーメント、膝関節屈伸モーメント、足関節底背屈モーメントを算出し、そのデータを元に各筋の筋活動・筋張力を計算した。その結果を元に股関節、膝関節、足関節の関節間力の経時的変化を算出した。
結果

○床反力結果
各測定動作のスペースワンダー装着、非装着時の床反力の平均値と、スペースワンダー装着による平均免荷率を表1に示した。 静止立位の床反力はスペースワンダー未装着で574.57±70.40N、スペースワンダー装着で486.05±127.77Nであった。免荷率は15.41%であった。

 スクワットの床反力はスペースワンダー未装着で550.48±73.26N、スペースワンダー装着で442.38±74.64Nであった。免荷率は19.64%であった。 ランジ動作における右下肢の踏み出し前の床反力はスペースワンダー未装着で362.38±69.92N、スペースワンダー装着で351.43±62.79Nであった。免荷率は3.02%であった。

 ランジ動作における右下肢の踏み出し後の床反力はスペースワンダー未装着で442.86±65.62N、スペースワンダー装着で276.67±78.00Nであった。免荷率は37.53%であった。

 後方への座り込み動作の床反力はスペースワンダー未装着で518.57±88.28N、スペースワンダー装着で428.57±73.04Nであった。免荷率は17.36%であった。

 足踏み動作の床反力はスペースワンダー未装着で528.50±264.90N、スペースワンダー装着で456.19±127.67Nであった。免荷率は13.68%であった。

 前方への重心移動動作時の床反力はスペースワンダー未装着で512.85±65.91N、スペースワンダー装着で449.05±60.55Nであった。免荷率は12.44%であった。


考察

 スペースワンダーの装着により、全ての動作は免荷された状態で行われた。特に、スクワットおよび、後方への座り込み動作とランジ動作の踏みだし後の免荷率は、静止立位に比べ高い免荷率を示した。

 スクワットおよび後方への座り込み動作は、しゃがみ込みが深くなるほどハーネスの張力が増加し、より免荷率が上昇する。スクワット動作は、下肢筋力増強の目的だけでなく、固有感覚に刺激を与え、転倒予防に重要な下肢全体の協調性向上も期待できる運動である。しかしながら、高齢者では筋力の低下から代償的に浅い(重心位置の高い)スクワットになりやすく(先行研究より)、十分な下肢全体の協調性を発揮することができない。今回の様にスペースワンダーを用いることで、スペースワンダー未装着時に比べ深い(重心位置の低い)スクワットを安全に行うことができ、高齢者の下肢全体の協調性向上を期待できると考える。また、スクワット動作は膝関節の屈曲角度が大きくなるほど、膝関節への負荷が大きくなることが報告されている。しかしながら、スペースワンダーはしゃがみ込みの角度が深くなるほどハーネスによる張力が増加し、免荷率が上昇するため膝関節への負担が少なく行うことができる。

 次に、ランジ動作の踏みだし後の下肢は高い免荷率を示した。ランジ動作は動作対象となる下肢を前方へ出し、ステップした前脚に荷重をかけていくことで、下肢の筋力強化やバランストレーニングとして利用される運動療法の一つである。地域在住高齢者における転倒の原因は「つまづき」が全体の40%を示し、転倒方向は前方が全体の70%を占めている。前方への転倒を防ぐためには、前方ステップ動作が生じることが重要とされている。しかしながら、ランジ動作はステップ幅が増加するほど膝関節へのストレスが増加することが報告されている。また、高齢者では筋力低下や転倒の危険性から、一般的にランジ動作のステップ幅は小さくなる傾向にある。しかしスペースワンダーを用いることで、高い免荷率による膝関節への負担を軽減するとともに、安全に大きなステップ幅でランジ動作を行うことができる。そのため、通常の運動に比べより効果の高い転倒予防の運動として期待ができる。

〇関節間力の結果
各動作で股関節、膝関節、足関節の圧縮力(N)と関節モーメント(Nm)の平均値と標準偏差を表1、2に示す。また各動作の平均値を図1、2に示す。 関節モーメントに関しては、正の値が股関節屈曲、膝関節屈曲、足関節背屈を示し、負の値が股関節伸展、膝関節伸展、足関節底屈を示している。p<0.05有意

 圧縮力では静止立位の股関節で通常時774.9Nからスペースワンダー使用時637.1Nと17.8%減少(t(18)=2.14,p=.046)した。スクワットの股関節で通常時1700.1Nからスペースワンダー使用時1368.6Nと19.5%減少(t(19)=3.10,p=.005)、足関節で通常時1587.5Nからスペースワンダー使用時1196.5Nと24.7%減少(t(19)=4.69,p=.000)した。ランジ踏み込み足の股関節で通常時1975.2Nからスペースワンダー使用時1500.7Nと24.1%減少(t(19)=3.66,p=.001)した。ランジ支持足の股関節で通常時1979.0Nからスペースワンダー使用時1629.6Nと17.7%減少(t(19)=3.93,p=.000)、膝関節で通常時1664.1Nからスペースワンダー使用時1533.3Nと7.9%減少(t(19)=2.19,p=.041)した。後方への座り込み動作の膝関節で通常時1512.9Nからスペースワンダー使用時1196.0Nと21.0%減少(t(17)=2.23,p=0.39)した。前方への重心移動動作の股関節で通常時990.7Nからスペースワンダー使用時784.2Nと20.9% 減少(t(19)=2.57,p=0.18)、膝関節で通常時1157.9Nからスペースワンダー使用時872.1Nと24.7%減少 (t(19)=4.41,p=.000)、足関節で通常時1366.2Nからスペースワンダー使用時1114.3Nと18.5%減少(t(19)=3.66,p=.001)した。

 関節モーメントではスクワットの足関節で通常時底屈8.8Nmからスペースワンダー使用時底屈3.7Nmと66.7%減少(t(18)=-2.59,p=0.18)した。ランジ踏み込み足の股関節で通常時屈曲31.6Nmからスペースワンダー使用時屈曲17.3Nmと45.4%減少(t(14)=5.42,p=.000)、足関節で通常時背屈14.9Nmからスペースワンダー使用時背屈8.3Nmと44.0%減少(t(18)--5.01,p=.000)した。ランジ支持足の膝関節で通常時屈曲25.4Nmからスペースワンダー使用時屈曲18.5Nmと27.0%減少(t(17)=2.57,p=.019)した。後方への座り込み動作の股関節で通常時屈曲16.1Nmからスペースワンダー使用時屈曲23.4Nmと45.3%増加(t(10)=-2.82,p=.018)、膝関節で通常時屈曲46.0Nmからスペースワンダー使用時屈曲32.2Nmと30.1%減少(t(10)=5.12,p=.000)、足関節で通常時底屈15.8Nmからスペースワンダー使用時底屈6.7Nmと58.0%減少(t(20)=-4.49,p=.000)、足踏みの股関節で通常時屈曲16.4Nmからスペースワンダー使用時屈曲22.3Nmと35.9%増加(t(18)=-2.49,p=.008)、膝関節で通常時屈曲4.1Nmからスペースワンダー使用時伸展12.4Nmと屈伸の逆転(t(17)=4.39,p=.000)した。前方への重心移動動作の股関節で通常時伸展18.3Nmからスペースワンダー使用時伸展8.4Nmと53.9%減少(t(20)=-5.56,p=.000)、足関節で通常時背屈21.4Nmからスペースワンダー使用時背屈13.5Nmと37.1%減少(t(20)=3.06,p=.006)した。


考察

 足踏みの股関節以外は通常時とスペースワンダー使用時で股関節、膝関節、足関節の全ての関節で圧縮力の減少が結果として得られた。これにより、スペースワンダーを使用することで介護予防運動における下肢関節圧縮力の包括的な減少の可能性が示唆される。股関節の圧縮力は後方への座り込み動作、足踏み以外の全ての動作で有意に減少していることが分かる。スペースワンダーの使用は特に股関節の圧縮力減少に影響を与える可能性が推測できる。足踏みで圧縮力の有意な減少が認められなかった理由としては、動作開始時の基本設定として静止立位ではゴムの牽引による影響を受けないようにしていたため、体幹の上下運動が少ない動作では圧縮力に変化が見られなかったのではないかと考える。

 関節モーメントは、後方への座り込み動作の股関節モーメントを除いて関節モーメントが減少している。

結論

 スペースワンダーを使用することで、体幹の上下運動を伴う介護予防運動においては通常時と比較して下肢関節の圧縮力を減少する効果があることが分かった。特に股関節にかかる圧縮力の減少が有意に高かった。

 スペースワンダーはゴムによる牽引が行われるため牽引力を柔軟に調節できるという利点がある。またハーネスによる体幹部の固定は転倒予防に繋がり安全性が高い。スペースワンダーを使用した運動は、デイサービス利用者の介護予防プログラムに有用であると思われる。

参考文献
[1]武岡健次, et al. 高齢者におけるフォワードランジ動作の運動機能評価としての可能性. 健康運動科学, 2010, 1: 31-36.
[2]冨永琢也, et al. 転倒を回避するために生じる前方ステップ動作能力に対するトレーニング法の考案. 2014.
[3]SATOSHI, Kasahara, et al. 高齢者のスクワット動作の特徴 2: 60 歳代と 70 歳代男性の下肢関節運動の比較. Rigakuryoho Kagaku, 2014, 29.6.
[4]柚原千穂, et al. 高齢者のスクワット動作の特徴. 理学療法科学, 2014, 29.5: 765-769.
[5]深谷隆史. ランジ動作におけるステップ幅の違いが下肢関節への力学的負荷に与える影響. 理学療法科学, 2009, 24.6: 787-791.
東京都立大学健康福祉学部理学療法学科
山田・来間研究室